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平成芭蕉の日本遺産 地下迷宮の秘密を探る旅~大谷石文化が息づくまち宇都宮~

日本遺産の地を旅する~大谷石文化が息づくまち宇都宮

宇都宮の魅力は餃子だけではありません

宇都宮の中心街から北西約8㎞に位置する「石のまち」大谷は、2018年5月に「地下迷宮の秘密を探る旅~大谷石文化が息づくまち宇都宮」というストーリーが日本遺産に登録されました。

大谷資料館の巨大地下空間大谷資料館の巨大地下空間

宇都宮と言えば、「餃子のまち」として知られていますが、これはかつて宇都宮に置かれた陸軍第14師団の人たちによるものです。この宇都宮陸軍第14師団は、現在、私が住んでいる千葉県の習志野・佐倉の歩兵連隊から構成され、パラオの前は満州で関東軍の主力として活躍し、陸軍最強部隊と呼ばれていたのですが、兵士たちはこの満州滞在中、当地の中国人たちから餃子作りを学びました。
そして、戦後、復員・帰国した第14師団の人たちは、ふるさと宇都宮で満州仕込みの餃子づくりを始め、今日の「餃子のまち宇都宮」の基礎を築いたのです。

宇都宮駅前の大谷石製「餃子の像」

しかし、宇都宮郊外の大谷地区御止山(おとめやま)を訪れると、周辺は隆起した凝灰岩の奇岩が連なり、むき出しの岩肌と赤松の織りなす風光明媚な景勝が「陸の松島」と呼ばれています。今ではその御止山(おとめやま)は国の名勝「大谷の奇岩群」に指定され、大谷景観公園として整備されています。

大谷景観公園と奇岩群

大谷景観公園と奇岩群

火山の噴火によって降り積もった火山灰が、長い時間をかけて固まった石が凝灰岩で、この「陸の松島」と呼ばれる大谷地域でとれる軽石凝灰岩が「大谷石」です。

御止山の奇岩群(大谷石)

大谷地域の人々は、古代より大谷石とともに暮らしてきましたが、この地で採掘される大谷石は主として地下採掘が行われ、そのため地下の広大な採掘跡地は圧巻で、テレビや映画の撮影にも利用されています。

二荒山神社の石垣に使われた大谷石

また、宇都宮は日本屈指のロードレース「ジャパンカップサイクルロードレース」の会場にもなっており、百人一首ゆかりの地でもあります。

百人一首は、藤原定家(さだいえ)が、息子為家(ためいえ)の妻の父、宇都宮頼綱(よりつな)の懇望によって染筆した小倉色紙(小倉山荘色紙和歌)がはじまりです。鎌倉時代の宇都宮の第5代城主「宇都宮頼綱」が出家して京都に移り住み、蓮生(れんしょう)と改名し、京都で、藤原定家(さだいえ)と親しくなり、自分の別荘に貼る和歌をしたためた色紙を選ぶように定家に依頼したのです。

石のまち「大谷」の遺産と坂東33か所19番霊場「大谷観音」

私は「石のまち」大谷が日本遺産に認定されたことで、改めてその構成文化財である大谷資料館(カネイリヤマ採石場跡地)、大谷景観公園、カネホン採石場(高橋佑知商店)、大谷寺の大谷摩崖仏、そして市内のカトリック松が峰教会、旧篠原家住宅などを視察してきました。

日本遺産認定された「カネホン採石場跡」

最初は崖などから掘り出していた大谷石は、やがて地面深く穴を掘って採集するようになり、大谷地域には約250箇所もの採掘場があったと言われています。石を掘り出した後の採掘場には、大きな地下空間が残りますが、大谷資料館の地下にある、1919年から掘り続けられた「カネイリヤマ採石場跡地(大谷資料館)」は、140×150mの広大な地下空間となっており、まるでインディ・ジョーンズのごとく地下迷宮探検が楽しめます。

カネイリヤマ採石場跡地(大谷資料館)

大谷石は軽くてやわらかく、加工しやすいので、古くからさまざまなものに利用されてきましたが、大谷石の採掘場は「ヤマ」と呼ばれ、それぞれに山の神が祀られており、周辺の神社などには大谷石が使われた鳥居や祠が多く残っていることから、大谷地域の人々は大谷石には精霊(神の力)が宿っていると信じ、大谷石を神聖なものと考えていたことが伺えます。

大谷地区にある山の神「大山阿夫利神社」

カネホン採掘場(高橋佑知商店)は、今も大谷石が掘り出されている露天掘りの採石場で、安政元年頃より採掘されている大きな空間には、手掘りの跡が残されています。土曜・日曜・祝日には採石場の見学ができ、物づくり体験や宝探しなどが楽しめる人気のスポットになっています。

カネホン採石場の大谷石

天然の洞窟の中にすっぽりと包まれた大谷寺(おおやじ)本尊の大谷観音は、大谷石の崖に彫られた丈六(約4.5m)の千手観音で、日本最古級の摩崖仏とされ、国の重要文化財に指定されています。鎌倉時代には坂東19番の霊場となり、多くの人が訪れていますが、私は岩窟の彫刻された表情からバーミヤンの石仏を連想しました。

大谷観音の大谷寺

しかし、「大谷観音」の摩崖仏以上に迫力があるのは、大谷寺のお前立ち観音とされ、太平洋戦争戦死者を追悼するために凝灰岩層壁面に手彫りで彫られた、像高88尺8寸8分(26.93メートル)、胴回り20メートルの「平和観音」です。

大谷公園の「平和観音」

この大谷公園に立つ「平和観音」は、1981年に放映された『ウルトラマン80』第42話「さすが!観音さまは強かった!」にも登場しました。また、公園内には蜂の大群と闘った「親子がえる」の石や、大谷の南の戸室山から天狗が投げたとされ、今にも落ちいそうな「天狗の投石」もあります。

蜂から村を救ったとされる「親子がえる」

大谷石建造物とフランク・ロイド・ライト

明治時代以降、洋風の建築物がさかんに造られるようになると、大谷石は宇都宮商工会議所、旧大谷公会堂などにも使われました。特に1932年設立の松が峰教会は、建物の内壁と外壁に大谷石が貼り付けられ、あたかもロマネスク様式の石造建築のような見応えのある教会で、日本では珍しい2つの塔をもつ教会です。

大谷石が使用された松が峰教会大谷石が使用された松が峰教

そもそもこの大谷石は、大正時代に有名なアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが、旧帝国ホテルの素材として使用したことで全国に知られるようになりました。さらに言えば、その完成を祝う式典が行われる予定であった大正12年9月1日、関東大震災で多くの建物が崩壊炎上する中で、旧帝国ホテルが焼け残ったことにより、大谷石の防火性とすぐれた品質があらためて見直されたのです。

移築された旧帝国ホテル中央玄関

現在は愛知県犬山市の野外博物館「明治村」に当時の中央玄関部分が移築復元され、保存展示されています。私は明治村でその旧帝国ホテルの建造物を観察しましたが、注目すべきは大谷石がスクラッチ煉瓦及びテラコッタ(模様のついた粘土の素焼き)と見事に調和している点です。

すなわち、大谷石は表面の温かみや柔らかさなど、他の石材では代替できない優れた質感を持っていますが、この旧帝国ホテルのように他の素材とのコラボレーションで活きる点が素晴らしいと思います。

石を掘る文化と掘り出された石を使う文化が調和した町、宇都宮

昼食は大谷石の蔵を活用した「ダイニング蔵おしゃらく」というレストランでとりましたが、食事の内容もさることながら、大谷石の天然ゼオライトの効果もあるようで癒された感じがしました。

「ダイニング蔵おしゃらく」

火に強く、湿度を一定に保つだけでなく、臭いを吸収する働きをもつ大谷石は、商家の蔵の材料としても使われていたため、宇都宮には最近、この昔ながらの蔵を改装した、オシャレな大谷石カフェが増えているようです。

また、宇都宮市内にある味噌や醤油、酒などの商店であった旧篠原家住宅や上野本家住宅の商屋の蔵には、今も大谷石でできた壁を見ることができます。

旧篠原家住宅

宇都宮郊外の農村にとけこんだ大谷石

また宇都宮郊外では、日光街道沿いの徳次郎町西根地区や旧上河内町の上田(うわだ)地区、その近隣にある米所であった芦沼地区にも街道幅の両側に、石蔵、石塀、水路が連続する町並みが形成されました。

芦沼集落の大谷石

中でも徳次郎町西根地区では、かつて大谷石と同じ凝灰岩の一種である「徳次郎石」(とくじらいし)が産出し、民家には数多く使われています。この地区の多くの住民は、農閑期に石工や採石業を営み、また、火災が多く発生したため、防火性の高い石造の建物が普及し、石の町並みが形成されたのです。

徳次郎町西根地区 (宇都宮市徳次郎町西根の町並み)

宇都宮市近辺の凝灰岩を総称して「大谷石」と呼んでいますが、大谷地域以外では地区ごとに呼び名があり、材質もそれぞれ特徴がありました。徳次郎石は、大谷石特有の斑点状の「ミソ」が無く、青みがかり、均質で細工に適していたので彫刻や石瓦などに重宝されていたのです。

大谷石文化の拡大

大谷石が本格的に使われるようになったのは江戸時代頃で、当時は崖の石を野良仕事の合間に掘り出していましたが、明治時代になって本格的な産業として発展しました。戦後は石を掘り出す専用の機械が導入されて、さらに人が押す貨車(人車鉄道)や鉄道によって運ばれるようになり、宇都宮周辺だけでなく、広く国内に流通するようになりました。

南宇都宮駅ホームの大谷石

鉄道はかつて栃木県に人車鉄道が6軌道も存在し、その中でも大谷石の輸送を目的に敷設された宇都宮石材軌道は県内最大規模を誇り、明治、大正、昭和の三代を生き続け、野州人車鉄道を吸収合併して更に大谷石材専用線が敷設されました。

最後は東武鉄道に合併されましたが、この鉄道と街道のおかげで建材としての大谷石は、東京や横浜にも大量に出荷され、都内の池袋にある自由学園の明日館(みょうにちかん)も随所に大谷石が使われています。

自由学園の明日館

そこで、まずは宇都宮の石を掘る大谷石文化に触れてから都内の大谷石を使った塀や建造物を見学して回るのがおすすめです。特に宇都宮美術館は、正面玄関に通じるアプローチの列柱やロビーから展示室へ続く回廊の外壁が大谷石で、整然とした安らぐ雰囲気を醸し出しており、中で美術鑑賞もできるのでおすすめです。

宇都宮美術館列柱の大谷石

日本では木造建築が多いのですが、この大谷石は他の素材との調和性を持つことから、星が丘の坂道のような石畳道にも使われており、「和」の文化である日本にふさわしい素材だと思います。

「星が丘の坂道」に使われている大谷石

地下迷宮の秘密を探る旅~大谷石文化が息づくまち宇都宮~

日本遺産のストーリー  所在自治体〔栃木県:宇都宮市〕

冷気が張りつめるこの空間は一体、どこまで続き、降りていくのだろう。

壁がせり立つ巨大な空間には、柱が整然と並び、灯された明かりと柱の影が幾重にも続く。柱と柱の間を曲がると、同じ光景がまた目前に広がり、しだいに方向感覚が失われていく。

江戸時代に始まった大谷石採掘は、最盛期に年間89万トンを出荷する日本屈指の採石産業として発展し、地下に巨大な迷宮を産み出していった。

大谷石の産地・宇都宮では、石を「ほる」文化、掘り出された石を変幻自在に使いこなす文化が連綿と受け継がれ、この地を訪れる人々を魅了する。

主な構成文化財

カネイリヤマ採石場跡地(大谷資料館)、カネホン採石場(高橋佑知商店)、大谷摩崖仏、カトリック松が峰教会、旧篠原家住宅、宇都宮聖ヨハネ教会聖堂、芦沼集落など

★平成芭蕉ブックス

  1. 『日本遺産の教科書 令和の旅指南』: 日本人の心に灯をつける 日本遺産ストーリーの旅
  2. 『人生は旅行が9割 令和の旅指南Ⅰ』: 長生きして人生を楽しむために 旅行の質が人生を決める
  3. 『縄文人からのメッセージ 令和の旅指南Ⅱ』: 縄文人の精神世界に触れる 日本遺産と世界遺産の旅 
  4. 『松尾芭蕉の旅に学ぶ 令和の旅指南Ⅲ』:芭蕉に学ぶテーマ旅 「奥の深い細道」の旅 

平成芭蕉「令和の旅指南」シリーズ

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私は平成芭蕉、自分の足で自分の五感を使って日本遺産を旅しています。

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