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平成芭蕉の日本遺産 神奈川県横須賀市「横須賀鎮守府~日本近代化の躍動」

日本遺産の地を旅する~神奈川県の横須賀鎮守府と米海軍司令部

フランス人技師ヴェルニーと横須賀軍港の訓練校『黌舎』

横須賀港のヴェルニー公園

11月21日、22日の呉軍港に引き続いて、11月29日、30日は同じ日本遺産の横須賀軍港(鎮守府)の軌跡を訪ねてきました。

今回の視察で、時の明治政府が「富国強兵」の施策として打ち出した海軍拠点・鎮守府の建設は、日本近海の防衛体制の確立と同時に日本国内の技術革新を飛躍させた一大国家プロジェクトであったことが改めて実感できました。

まずはヴェルニー公園散策からスタートしたのですが、「ヴェルニー」とは横須賀鎮守府の前身、「横須賀製鉄所(造船所)」で指導的役割を果たしたフランス人技術者の名前です。

そしてそのヴェルニーがもたらした欧米の最新技術を教える技術訓練校『黌舎(こうしゃ)』から育った技術者たちこそが各地に最新の技術を伝播したのです。

すなわち、軍事拠点の横須賀鎮守府は、日本国内の近代化と技術力の底上げという、官民の垣根をこえた役割を果たしたと言えるでしょう。

ヴェルニー公園内の記念館に展示されているスチームハンマーは、当時の造船技術と明治政府による工業の近代化を記す貴重な遺産です。

今回はパスポートを持参して米海軍司令部が置かれている旧横須賀鎮守府庁舎や米海軍の空母を修理したりするドックも見学しましたが、時間的制約があって十分に見ることができず残念でした。

日本の誇り、記念艦「三笠」とアジア諸国の独立

戦艦「三笠」前の東郷平八郎像

2日目の視察は、東郷平八郎長官率いる艦隊の旗艦として活躍し、日露戦争で歴史的な大勝利に貢献した戦艦「三笠」の見学から始まりました。

「三笠」はイギリスから購入した当時の最新鋭艦で、1905年5月27~28日の日本海海戦で勇猛果敢に戦い、大国ロシアの艦隊を破った我々の誇りとすべきモニュメントで、詳細は三笠保存会の鈴木さんが詳しく説明してくださいました。

なぜならば、私がトルコのアンカラにあるアタテュルク廟やベトナムのホー・チ・ミン廟を訪ねると、地元の人たちから「日本が大国ロシアを破ったことで勇気づけられた」と感謝されることが多いのです。

これは、当時のトルコやベトナムを始めとするアジアの国々は、この歴史的事件によって、列強から独立に向けて行動を開始したからで、社会科見学で訪れている地元の小学生も私が日本人だと知ると手を振ってくれるのです。

よって、この「三笠」が佐世保港で爆沈するも浮揚・修理され、今日記念艦として横須賀でその雄姿を見られるのは本当に喜ばしいことだと思うと同時に、日本遺産というよりはアジアの遺産と言ってもよいと感じました。

猿島の国指定史跡「東京湾要塞跡 猿島砲台跡」

「三笠」を見学した後は船で「猿島」に渡り、国指定史跡でもある「東京湾要塞跡 猿島砲台跡」に案内していただきましたが、上陸するや砂鉄を利用したユニークなおみくじを来島土産にいただいたのには感激しました。

なぜならば、これは珍しい体験して記憶に残る土産だからです。

無人島だけあって、いたることころに首都圏では見られない自然の風景を楽しめますが、軍事施設は当時の面影をしっかりと残していました。

この「猿島」同様に長崎の「軍艦島」も無人島で、今や世界遺産として人気を博していますが、これら2つの島に共通して言えることは、人が去ると島も本来の自然の姿に戻っていくという事実です。

実際、「軍艦島」は人が住んでいた当時は緑はほとんどありませんでしたが、人が去った今日では、鳥が運ぶ糞に植物が育つのか、緑が増えているように感じます。

東京湾要塞跡「猿島砲台跡」

鎮守府の港には欠かせない水道設備

昼食は走水水源地近くでとりましたが、ここには無料で汲める「ヴェルニーの水」があります。

これは港の発展には軍港に限らず、水の安定供給がとても重要であると教えてくれているのです。

実際、明治政府は鎮守府を建設するにあたっては、防衛上の立地とともに水源の有無を十分調査したと言われています。

私の実家は酒造りの宮水で有名な西宮ですが、神戸港の近くにこのような水源のあることが良港と呼ばれる神戸港を支えているのです。

私は阪神大震災の時には西宮在住で、震災後、水の確保に苦労した経験があるので、4鎮守府の果たした多くの役割の中でも、全国に先駆けて水道というインフラを整備し、生活に欠かせない水道設備技術の近代化に貢献したことが、鎮守府が果たした一番の功績ではないかと思います。

横須賀鎮守府の水道設備

鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~

日本遺産のストーリー〔横須賀鎮守府〕

明治期の日本は、近代国家として西欧列強に渡り合うための海防力を備えることが急務であった。

このため、国家プロジェクトにより天然の良港を四つ選び軍港を築いた。

静かな農漁村に人と先端技術を集積し、海軍諸機関と共に水道、鉄道などのインフラが急速に整備され、日本の近代化を推し進めた四つの軍港都市が誕生した。

百年を超えた今もなお現役で稼働する施設も多く、躍動した往時の姿を残す旧軍港四市は、どこか懐かしくも逞しく、今も訪れる人々を惹きつけてやまない。

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